-Buon jorno!-

 私はすぐにローマへ降り立ったら出発するつもりだった。 ローマはあまりにも観光地化されていて、イタリア人の日常生活などが見えないと思ったからだ。 それにそんなふうに今まで日本でも観光地を避けて旅行してきた。
 そんな私がローマへ着くと、何と荷物受け取りのベルトコンベアーに私の荷物が流れてこなかった。 私は手荷物案内所に行って話をしたが見つからなかった。 彼らは
「今日はローマにホテルを借りて泊まりなさい。」
と言った。
「明日きっと見つかるから。」
しかし次の日になっても荷物は見つからなかった。
「いつになったら見つかるんだ!」
と聞くと、決まってこういうのだ。
「Maybe tomorrow.」

 しかしそんなことをしているうちに四日間もたってしまった。 いいかげん私は腹が立って航空会社と保険会社に補償交渉をし始めた。 まず航空会社の答えはこうだった。
「ワルソー条約というのがあって、この中で手荷物の遅延については補償されないことになっています。 また、なくなっても荷物1kg当り2千円までしか賠償できません。 お客様の荷物は11kgなのでだいたい2万円くらいです。」
ワルソー条約というものは世界中の航空会社の間で取り決められた約款で、 そこには航空会社が運送業務において出した損害を航空会社はほとんど補償しなくてよいという 決まりになっていて、搭乗券を買って乗る乗客はその条約に同意したものと見なされる。 つまり場合によっては荷物はなくなります、飛行機は落ちてあなたは死にます、 という前提で書かれている。またそれを保証するために乗客は自分に保険をかけるのだ。 このように運送業務とその安全性の保障はわかれている。 つまり私は航空会社に対しては補償交渉ができないのだ。

 次に保険会社との旅行保険の契約に基づく話をした。しかし保険会社は言った。
「お客様の荷物は見つかっていないのであって、まだ紛失したわけではありません。 よってまだ補償はできません。紛失は21日の経過をもって認められます。」
そんなバカな!俺はローマで21日間待てと言うのか。それはあまりにももったいない。 新しい自転車を買っても前の自転車が見つかった場合、保険金は降りないのだからその場合 私は自転車を2台保有しなければならないことになる。 私は一晩保険契約の冊子をよく読んで、対策を練ることにした。 そして考えた結果こうなった。まず次の文である。
『損害が発生した場合、被保険者は損害を防止または軽減させなければならない。 また保険会社はそのためにかかった費用を支払う。』
私は自分のローマ滞在が損害の減少のためであるとして、 ローマでの滞在費を補償するよう要求することにした。 そのために次の日Cathey Paciffic Airwayのローマ支店長に直接会って、 『Mr.Yamadaは我が社の荷物捜索に協力するためローマに滞在し、 実際電話をかけたり調べたりした。』 という証明書をサイン入りで書いてもらった。支店長以下ローマ支店の人は皆私によくしてくれた。 また支店長も私のよくわからない英語を辛抱強く聞いてくれた。 その上新しい自転車を買うための自転車屋を紹介してくれ、安く売ってくれるよう頼んでくれた。 もちろん私の金で買うのだが。
 もう一つは次の文である。
『乗車券等はその損害を回復するために使った費用のみ補償される。』
無理やり私は考えた。自転車には乗車券が券の形をしていないが付帯されており、 荷物が遅延して私の自転車の輸送能力は失われた。そして私は”まだ見つかっていない自転車”ではなく ”失われた11月28日からの輸送能力”に対して補償を要求することにした。

 いよいよ保険会社に電話をかけた。最初の交渉について私の担当者は上司にかけあった。 その結果こう言った。
「わかりました。しかし条文には”損害を防止または軽減した場合”と書いてあります。 よってローマの滞在費は自転車が見つかった場合のみ補償されます。自転車が見つからなかったら 補償されません。」
仕方ないのでこれで納得した。ともかくこれで見つかった場合は滞在費が、 見つからなかった場合はなくなった自転車に対して保険金が降りる事になった。
 問題はつぎの請求だった。時間をかけて自転車の輸送能力が失われ、 また自転車には自転車に付帯する形で乗車券があり、その乗車券を私は自転車の紛失とともに 使えなくなっている事を認めさせた。担当者は困ってまた上司にかけあった。そしてこう言った。
「乗車券の定義について他のページにこう書いてあります。鉄道・船舶・航空機。 自転車は含まれておりません。よって支払いはできません。」
何と!ここまで言ったのに。でも仕方ないので引き下がることにした。
 そんなわけで交渉は終わった。後は自転車が見つかるかどうかで請求書を書き、送るのである。 この交渉としてわかった事は、保険会社は条文にそって物事を処理し、 そぐう場合は金を惜しみなく払い、そぐわない場合は一文たりとも払わないということだ。 彼らはこうも言った。
「自転車の領収書がないですか?構いません、自己申告してください。 自転車が見つからなかった場合、その金額をお支払いします。」
ローマの滞在費たった2万円であれだけもめたのに、「自己申告でいい」「最大30万円まで支払います」 とはどういう変わり様か。

 私は交渉も終わったのでCathey Paciffic Rome officeの支店長に 紹介してもらった自転車屋に行って、新しい自転車を買う事にした。 自転車屋さんは温かく私を迎えてくれ、早速自転車を選ぶことになった。
 しかーし、英語が通じたのは「Hello」までだった。そこからは英語が少ししかできない日本人と、 英語が全く理解できないイタリア人同士の会話である。身振り手振りなどを使って、 私は既に組まれていた自転車のパーツを交換するように言った。7速を8速に替え、 ディレーラーをDeoreに替え、ハンドルを替え、キャリアを付け、ボルトを替え、 自転車のサイズを替え、タイヤを替え、いろいろな変更を加えた。 さらに値段交渉をし、修理用のパーツを買い、道の相談や旅行の予定などを伝えた。 彼らも一生懸命にいろいろな手段を使ってくれ、またCycle Magazineをくれた。 ただしイタリア語で書かれているので読めなかった。特集はGiro de Itariaである。
 何時間もかかって私用の自転車が完成した。私の納得のいくもので、私の納得のいく値段であった。 このことからわかることは、”人間同士なら言葉はなくてもなんとか通じる”である。 最後に店の人たちはみんなで私を見送ってくれ、私は無事に自分のホテルに乗って帰ることができた。

 ここまでが最近の出来事である。私は数日のうちにピサへ向けて出発しようと思う。 ピサとはガリレオ・ガリレイが振り子の等時性を発見したという教会のランプがあるところである。 また連絡します。Grazie!