NUCCの歴史

名古屋大学サイクリング同好会時代

1976年12月 初めてのミーティングが開かれる。発起人は当時、農学部1年生だった前田哲・牛田昇氏。
1977年 3月 初めての春合宿。場所は伊勢・志摩。名大集合・名大解散。
1977年 4月 名古屋大学サイクリング同好会が正式に発足。初代代表は中川礼二氏。
1977年 8月 初めての夏合宿。場所は信州。この時から現地集合・現地解散の形式となる。
1983年 5月 部誌Pass&Pathが創刊される。当時から夏合宿や個人のこと、ボリュームはたっぷりだった。
1984年 4月 中部サイクリング連盟が創設。以後、同好会の関係発展の場として楽しまれていく。
1985年 8月 記念すべき第1回TTが糸魚川?名大リレー形式で行われる。発起人は黒田隆之助氏。
1989年12月10日 やまびこ峠定例ランにて、やまびこ峠(中部P49B5)にNUCCによる峠の看板が立つ。
1991年 9月 第7回TTにて、東工大も参加始まる。この年のフィナーレは鏡ヶ池ダイブ。
1991年10月 太田覚氏、南アメリカ大陸を横断する。途中、トローヤ峠を制覇。
1994年 3月 野口氏が、春の北海道をツーリングする。途中、金山湖も走る。
1995年 1月14日 記録に残る最古のサバイバル。この年は大平峠・・を越えられなかった。
1995年 9月 国道148号線の土砂崩れによる長期通行止めにより、この年からTTが白馬?名大となる。
1996年10月 神戸氏の個人HPを転用してオンラインミーティング始動。当初は雑談の場だった。
2001年 8月 人が少なすぎて、夏合宿中止。この年は上級生が5人ほどだった。
2002年 8月7日 夏合宿再開。旭川?富良野の2泊2日だけではあったが、その後の夏合宿の発展に大きく寄与する。
2002年12月 この年から、幹部交代は3月末から12月へとなった。
2003年 1月10日 はじめてのMLが回る。第1号MLは当時主将のKen.さん。NUCCの理想を語るものだった。

名古屋大学サイクリング部時代

2003年 4月 1日 NUCCが体育会に準加盟する。
2003年 4月 四方山掲示板が雑談の場として開始。当時のHPはOMと四方山掲示板だけだった。
2003年 4月 当時主将のKen.さんによって、1年間通して行っていた勧誘を、「4月の新歓」として一本化される。
2003年 7月 NUCC部T第1号が完成。発起人は、NUCCが日本全国を回るというデザインだった。
2003年 8月11日 NUCC最後の全体で走る夏合宿。この年は、ニセコと積丹半島を中心とした道南夏合宿。
2003年 9月12日 山田達也●氏による、東京アタックが行われる。この日の記録は28時間だった。
2003年10月 現在のホームページができる。Ken.さんの原案を谷野氏がhtml化した。写真館・メンバー紹介など開始。
2003年11月 3日 この年、はじめて、鈴鹿8耐に参加。発起人は●氏。以後、毎年参加の重要イベントとなる。
2003年11月? 山田達也氏がヨーロッパを自転車で旅する。3ヶ月あまりにわたる長期ツーリング。
2003年11月26日 河口湖マラソン初参加。TTの時、仲良くなった東工大の釜我さんに呼ばれてのことだった。
2004年 4月 1日 NUCC、体育会に正式加盟。名古屋大学サイクリング部となる。
2004年 7月30日 はじめての合宿MLが回る。第1号MLは当時主将のO沢氏。この日のミーティングは大盛況だった!
2004年 8月22日 NUCC初の最終日集合型夏合宿開始。大議論の末、班は3つに分割、最終集合地は網走となった。
2004年 9月 3日 富士山アタック。名古屋から自走し標高3776mの山頂まで担ぐことができたのは山田達也氏だけだった。
2004年 9月 6日 NUCC最後の元祖TT。第20回。糸魚川を夕方6時に出発し、朝9時・名大まで徹夜で走り抜けた。
2005年 2月26日 真冬のしらびそ峠を制覇。NUCC史上に残る最も過酷なランとなった。ラン企画者は
2005年 4月22日 史上最大規模の現役生72人となる。この年は68ものランがあり、全ラン参加率は兄貴が89%で1位。
2005年 5月 7日 上級生によるTT会議。この日の議論によって、従来のTTを廃止し、新TTとなることが決定した
2005年 6月25日 延期してこの日からになった前期合宿、NUCC史上ラン最高温度となる37度を記録する。
2005年 8月 6日 つるた深尾ペアがNYに向けてスタート。2ヶ月かけてロサンジェルスまでアメリカ横断を果たす。
2005年 9月 5日 新TTスタート。第21回。従来の徹夜リレー方式に代わり、昼間の個人耐久方式となった。この年は直江津?名大。
2005年10月27日 この日の鈴鹿8耐でOBの長岡氏が54周でロードソロ1位を獲得。モリゾーもパフォーマンス賞を獲得。
2005年11月24日 山田達也氏が「3日で北海道」を目指す。失敗に終わるが、連続無睡眠で山形県鶴岡市まで推定630kmを走る
2006年 1月 1日 初めての北海道冬合宿。第1回は宗谷岬の初日の出、NUCC史上ラン最低温度となる氷点下29度を記録。
2006年 2月24日 名大が近サのちゃりぽり?に初参加。呼びかけ人は当時近サ理事だった阪大の岩橋氏。
2006年 4月 8日 名市大のあっきー氏の呼びかけによって、初の名市大交流会を行う。第1回は犬山城のお花見。
2006年 6月 4日 の呼びかけで、王滝ダート初参戦。MTBやダウンヒルが主流の中、は参加者の中で唯一ランドナーで完走。
2006年 8月14日 当時2年生のあだっちゃん名大?宗谷岬の約1860kmを105時間で走破。伝説の人となる。
2006年 9月 7日 第22回TTは、直江津?河口湖となる。以後、名大と東工大が交互年度で主催するようになる。
2007年 8月31日 当時1年生のユウが、NUCC初のずっと立ち漕ぎ東京アタックを行う。記録は23時間52分
2007年11月10日 が氏の呼びかけによって、初の阪大交流会が行われる。部会、トレラン、飲み会、全く違う部活の文化に触れた。
2008年 1月 2日 ユウのチャリ(ヨンヨン)が犬のウンコを踏む。1年生なのに3回目らしい
2008年 2月19日 3年間途絶えていた田立の滝サバイバルが復活!例年まれに見る見事な氷爆を目の当たりにする。
2008年 5月10日 部誌25周年を記念して、史上最大の部誌が完成。厚さはジャンプに匹敵する23mm。
2008年 8月22日 寒気に見舞われた北海道夏合宿・宗谷班が、宗谷・浜頓別で夏合宿のラン最低温度記録6.6度を記録する。
2008年 9月 4日 第24回TTは、直江津?清里。初の試みで、国道最高所の渋峠を越えるという盛大な大会となる。
2009年 5月31日 雨の降りしきる最悪なコンディションの中、王滝100kmダート10代の部でアキが優勝する。
2009年12月31日 冬合宿班が宗谷岬に到達。このとき既に夏合宿で宗谷岬を訪れていた当時1年生のサケは一年目にして二回目の宗谷岬であった。
2010年 5月29日 当時2年ののん王滝ダート40㎞の部で完走し女性の10代の部で表彰される。
2010年11月28日 08年ユウ、09年アキが失敗した河口湖デュアスロンを一年生のエネが完走する。
2011年 9月14日 4年ぶりに阪大との交流企画が復活
名大・阪大から各一つ、合同で一つの計3つの班が作られ大阪大学をゴールとした1泊2日のランが行われた。
2012年12月31日 NUCC史上三度目の北海道冬合宿班は旭川を出発し、この日宗谷岬に到達。当時2年エネのレーパンが凍る。
2012年 5月27日 3年カノ王滝100㎞ダートをシクロクロスで制限時間内に完走する(タイム9時間23分)。
3年ツヅキ王滝100㎞ダートを女性で初めて制限時間内に完走する。
2012年 9月29日 OBが氏の呼び掛けにより、NUCC体育会準加盟10周年を記念する同窓会が開催される。
(当初は正式加盟10周年のつもりだったが、会の最中に準加盟10周年、正式加盟9周年であることが発覚。)
同好会時代のメンバーを含む100名以上が参加する盛大な会となる。
2012年10月 5日 3年エネ大阪‐東京アタック550㎞を22時間34分で完走する。
2013年 8月22日 夏合宿林道班が未舗装路の函岳に登頂。
2013年 9月 8日 カワケン(当時3年)がTTで猿を轢く。
2014年 8月 6日 トップページのデザインが一新される。HP係ホヤノがデザイン・コーディングした。
2014年10月24日 当時部長のサトルとOBエネがそれぞれ東海道、中山道経由で新旧部長東京アタック を行い、中山道ルートの方が早い事が証明された。
記録はサトル(東海道)が17時間58分, エネ(中山道)が15時間56分であった。
2016年 5月29日 鈴鹿8時間エンデューロにて男女混合3位。
ハセガワがツーリング車でアタック120完走。
2016年 9月3日 アサイ、オガワ、サソウが夏合宿で日本縦断班を立て8月6日から9月3日の29日間で本土四端(佐多岬、神崎鼻、納沙布岬、宗谷岬)制覇。
2016年 9月5日 ホリが単独日本縦断達成。
2017年 8月30日 キムラ、ハブ、ニシウミが夏合宿で8月11日から8月30日の20日間で日本縦断を達成、ハブはメカトラで70km歩いた。
2017年 11月2日 爆破予告によりミーティングが中止に。しかもその日は当時部長ミキの誕生日であった。